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景気対策は単なる固定費補填か、それとも「資産」化できるか
- マズローの欲求階層説はいろいろな局面で使える -
佐藤桂事務所  佐藤 桂
2009/01/07
 
 総務省統計局が12月26日に発表した労働力調査(速報)によると、平成20年11月の完全失業者数は256万人で、労働力人口全体6,646万人に対する割合(完全失業率)は3.9%とのことです。6~7%台の米、加、英、独、仏など主要先進国に比べればかなり優秀ですが、今後日本でもこの数字の悪化は避けられません。というのも、日本経済を支えてきた輸出が急減し、貿易赤字を記録し始めたことをきっかけに、世の中全体で売上高が減る「巣ごもり経済」に突入したからです。不況はこれからが本番と考える企業は、売上減に対処するため、生き残りをかけてコストダウン、とりわけ固定費削減に取り組み始めました。

 固定費削減の最たるものが人件費削減です。昨今「雇い止め」「派遣切り」が問題視され、「ヒトをモノ扱いするな」などの批判が噴出していますが、これには本当に心が痛みます。企業にとって人は財産。人を大切にしない経営者が成功するはずはありません。にもかかわらず削減せざるを得ないのは、資本の薄い企業では「赤字≒破綻」だからであり、資本の厚い企業でさえ、赤字を放置すればやがて人心が荒廃し、企業活力が落ちるからです。マズローの欲求階層説に言われるとおり、人は、目標を自ら創り出し、あるいは上司から与えられ、それを確信すると自己実現を目指して大きな力を発揮しますが、目標がなくなった途端にやる気を失い、病気にさえかかりやすくなるものです。売上目標や利益目標が描きにくい今日、赤字対策が遅れれば、企業の財力・人力とも低下して、やがて本当に危機を迎えてしまいます。状況に応じて目標を設定しなおし、固定費を適切にコントロールすることは、損益管理だけでなく、中期的な組織管理にとっても、極めて重要なのです。

 ところで、日本の企業部門の人件費削減が進んでも、人々は日々生きていて、日本株式会社全体の人件費は削減しがたい固定費ですから、企業部門が手放した人件費は政府部門が吸収せざるを得ません。これには失業手当や生活保護などのいわゆるセーフティーネットが一次的に機能しますが、より広範に、失速した経済を立て直すべく、総理大臣官邸は12月24日、「景気対策3段ロケット~総額75兆円事業規模の対策~」を公表しました。その内容は、「安心実現のための緊急総合対策11.5兆円」「生活対策のための2次補正予算27兆円」「生活防衛のための緊急対策37兆円」とされ、所得保障や金融支援などの直接的な対策が中心です。しかし、欲求階層説で言うところの生理的欲求や安全欲求を満たす(=生活保護)だけなら、現在の完全失業者数がたとえば急に倍になっても、最低年5兆円程度(=250万人×年2百万円)上乗せすれば何とかなるとの試算もあるようです。せっかく公の大金を投じるのですから、政策に人々の心が高まるような明確なメッセージを込め、人々が自己実現できるような、達成目標を伴うプロジェクト予算の割合をできるだけ増やして欲しい、と願わずにはいられません。

 企業経営者がお金を払うとき、それが①今の売上高のための支出か、②将来の売上高のための支出か、あるいはその両方か、必ず意識します。そして、心の中では②を資産計上し、将来の売上高拡大で大きく取り戻せるよう、事業を組み立てていきます。(企業会計では、保守主義の原則により②のすべてを資産計上できるわけではなく、図らずも帳簿と経営者マインドがズレる原因になっています。)巨額の財政政策の多くが②につながれば、人々はそれを心の中で「資産」と感じ取り、目標意識を持って、不況の今でも大きな力を発揮するのではないでしょうか。この時期、米国のオバマ次期大統領が社会インフラ整備、環境、エネルギーといった重点目標を明確に掲げたことは、マズローの欲求階層説から見ても、人々の心を高める妥当な戦略なのです。そこに、日本の将来に対する不安を払拭し、不況からいち早く脱出するヒントがあると感じます。
 
<佐藤桂 プロフィール>
佐藤桂事務所 代表
1964年生まれ。宮城県出身。東北大学経済学部卒。86年大手監査法人に入社、90年公認会計士登録。93年同法人ニューヨーク事務所に出向。96年監査法人トーマツへ転職。同年ソフトバンク(株)に出向、97年同社常勤監査役。2000年同社グループ会社取締役を経て、同社合併に伴い、03年ソフトバンクグループ会社管理本部本部長。07年から現職。
現在、ベクター(株)社外取締役、(株)カービュー社外監査役、ジーディーエス・ジャパン(株)監査役も兼務。