神は細部に宿るもの(God is in the details.)- 迷走する定額給付金について、ビジネスプロセスの観点から -

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神は細部に宿るもの
- 迷走する定額給付金について、ビジネスプロセスの観点から -
佐藤桂事務所  佐藤 桂
2008/11/19
 
10月30日、麻生総理が、27兆円に上る経済対策の一環として2兆円の定額給付金支給を発表してから半月余り経ちましたが、その後議論は迷走しています。その政策目的や経済効果の議論も大いに気になりますが、企業の内部統制や経営の効率化に常々心を砕く会計士としては、今回の大規模な支給実務の仕組に、より関心を寄せています。

というのも、そもそも日本には、所得税、住民税、健康保険、介護保険、厚生年金、国民年金など、国民全体から一斉に、毎月のように現金を徴収する仕組がいくつもあり、その徴収組織は税務署、社会保険事務所、市区町村・・・・とバラバラです。何という不効率!しかも、徴収実務の多くが、民間企業に事務協力を強いる源泉徴収制度により成り立っているのです。一方、現金支給の仕組については、税金の還付や生活保護、失業保険、介護保険のように、個別に申告・申請し、審査を経てようやく個別受給できる制度ばかりで、今回の定額給付金のような、国民全体へ一斉に支給する仕組はありません。(高齢者に対する年金支給は、ある意味国民全体への一斉給付の仕組ですが、その実務能力と信頼性の低さは地に落ちたままです。)民間企業がこのような不効率やいびつな仕組をかかえつつ生き永らえることはおよそ考えられません。そこで、今回の定額給付金、民間の発想ならどう支給すべきでしょうか?

景気対策・生活対策として速やかに一斉支給したいが、その仕組がない。ならば、①従来の源泉徴収制度を流用して税額控除・還付する(これが年末調整に間に合えば最高でした!)か、②郵便・宅配便を使って国民全体に物理的にアクセスして券を届けるか、どちらかの方法が現実的です。実際、選挙の投票所入場券は全国民に毎回郵便で届けられていますし、1999年の「地域振興券」も交付対象者に引換券を郵送する方法が使われました。とかく、新たな仕組を急仕立てしても、細部の調整が行き届かずすぐにはうまく機能しないものです。

また、定額給付金が政策効果を挙げるためには、政策発表により国全体の消費マインドを暖めつつ、国民一人ひとりに「お金を受け取る」「お金を使う」の2つのアクションを自発的に確実に実行してもらう必要があります。民間企業に例えるなら、自社商品を大々的に発表した上で、できるだけ多くのお客様に「商品を手にとってもらう」「商品を使ってもらう」。買いに行くのが面倒だとか、他社商品との比較だとか、そういう邪念を起こさせないようなインパクトとわかりやすさをお客様の心に刷り込み、即行動したくなる演出が大切です。定額給付金もこれと同様で、忙しい「お客様(=国民)」、交通の不便な地域の「お客様」、介助を必要とする「お客様」、あらゆる「お客様」に、喜んで「定額給付金を受け取る」「お金を使う」の2つアクションを起こしてもらい、この2つ以外の作業や疑念を極力排除する仕組を提供する、というお客様対応の発想が肝要であり、そのためには政策メッセージはわかりやすく、制度はシンプルにすることです。

今回の迷走の原因の一つに「所得制限問題」がありますが、上記の①や②のプロセス・フローチャートに「制限所得超か以下か」の判断プロセスを組み込むことは容易ではありません。そう考えてみると、所得制限を主張する政治家は「私は大きな組織の運営や改革を実地で指揮した経験がない、能力がない」と自ら公言しているようにも聞こえます。やはり「神は細部に宿る(“God is in the details.”)」もの。民間でも、現場感覚の鈍い経営者は、往々にして社内外の経営環境を表面的にしかつかめないため、実態に即した具体的な指示を部下に与えることができず、会社の改善・革新を実現できないものです。所得制限派の政治家(≒経営者)に巨大組織である霞ヶ関(≒部下)の行政改革を期待してよいのか?政策の具体的な執行、行政実務の「細部」を官僚任せにすることに慣れてしまった政治家に、「神」は宿るのか?甚だ疑問です。

経済の建て直しが最優先課題である麻生内閣には、これまで以上に実務経験に長けた民間人の発想と経験を取り入れ、日本の政治に是非「神を宿し」て欲しいものです。
 
<佐藤桂 プロフィール>
佐藤桂事務所 代表
1964年生まれ。宮城県出身。東北大学経済学部卒。86年大手監査法人に入社、90年公認会計士登録。93年同法人ニューヨーク事務所に出向。96年監査法人トーマツへ転職。同年ソフトバンク(株)に出向、97年同社常勤監査役。2000年同社グループ会社取締役を経て、同社合併に伴い、03年ソフトバンクグループ会社管理本部本部長。07年から現職。
現在、ベクター(株)社外取締役、(株)カービュー社外監査役、ジーディーエス・ジャパン(株)監査役も兼務。