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監査法人所属の会計士からソフトバンク(株)の一員へと転身し、同社の成長を財務経理面からサポートした佐藤桂さん。その後、独立して事務所を開設した。米国勤務も経験し、監査法人でも将来を嘱望されていた桂さんに訪れた転機とは?
人生の重要な局面で決断を下してきた先人の知恵と想いを伝えたい。

今から約10年前、監査法人間での吸収・合併が盛んだった頃、私も100人ほどのメンバーと時期を相前後しながら監査法人を移籍した経験があります。当時、私は大手監査法人のニューヨーク事務所に出向していましたが、その状況を知り帰国後、前法人に退職届を出したのが9月30日でした。なぜか入所してきっかり10年。翌10月1日から、私の社会人としての第二章が始まりました。これが私の社会人人生に初めて訪れた大きな転機でした。
移籍後の監査法人トーマツで、すぐにソフトバンクへの営業を担当することになりました。ソフトバンクは前年、コンピュータ展示会事業を営む米国企業を買収し、その親会社が前の監査法人のボストン事務所の顧客だったため、それ以来のお付き合いがあり「お前、詳しいだろう」と白羽の矢が立ったわけです。
早速ソフトバンクを訪ねたところ、相手をしてくれたのは、野村證券出身の北尾吉孝さん(現SBIホールディングス(株)代表取締役執行役員CEO)でした。「海外案件などでたいへんでしょう。何でもお手伝いしますよ」「週2・3回、参りましょうか?」と申し上げたところ、「よし、わかった。週5日通って来てくれ」と言われました。週5日って・・・(笑)。
そのような経緯でソフトバンクの財務経理部に出向することに。合弁会社の経理の精査などを手始めに実績を積み上げ、数ヶ月後、今度は常勤監査役のポストを打診されたのです。それはつまり、所属する監査法人を辞めることを意味します。正直なところ非常に迷いました。
今でも尊敬してやまない3人の上司に相談したのですが、助言は三者三様でした。「会計士には旬の時期がある。いま残って活躍すれば、この法人で昇進できる」「なんとも言えないが、僕だったら移るかもね」「これはチャンスだ。行くしかないだろ」。
結局、自分で決めるしかないということです。私は当時から「日本を元気にしたい」という想いを強く持っていました。日本はバブル経済が崩壊し、後に“失われた10年”と評された時期。ソフトバンクのような勢いのある会社を通じて、日本を元気にできるのではないか。
そして、もう一つ理由がありました。監査人は、直接向き合うクライアントのニーズに応えつつ、公正な経済社会の発展に資するという大きな責務を担っています。しかし、業務の過程では、得てして監査人としてのリスクがより重視され、クライアントにより近いところでのニーズに応えにくくなりがちです。私個人としては企業の番人、独立第三者に徹するのではなく、企業と共に様々な苦難を乗り越え、発展する方が、自分の価値をより大きく発揮できるのではないかと思っていました。これらのことを考えて常勤監査役を引き受けることにしたのです。
妻は「あなたがそう考えるなら、それでいい」ということでした。会計士と結婚したのではなく、佐藤桂と結婚したのだと信じたい(笑)。学生時代からの付き合いなので。
前キャリア・会計士年数などの情報や、転職後の年収を職種ごとに例をあげ紹介します。
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